2012年05月20日

桶狭間古戦場あと巡り

愛知出張前日入りでしかも今日は休日
ということで今日は桶狭間に行ってみました




最寄り駅は名鉄の有松駅
有松は、東海道では鳴海と知立の間にある有松絞りで知られている間の宿で、
2年前にも訪れています



2年前の記事
http://amoi.seesaa.net/article/152535307.html


桶狭間は有松の街道筋から南へ離れて2,3キロくらい行ったところかな



桶狭間という標識のある信号は有松からすぐのところにあるのですが、ここから結構歩きます
信号の手前でスマホに My Tracks というGPSを使って行動軌跡を記録してくれるアプリをインストールしていることを思い出し記録を開始!!

その結果を GoogleMap に送信して作成した地図が以下のものになります


より大きな地図で 2012/05/20 13:31 桶狭間古戦場 を表示

これは便利ですよね
サイクリングやジョギングにも使えそうだし
高いサイコン買わなくてもいいやん

話をもどして桶狭間古戦場めぐりですが
まず戦死者を埋葬したという七ッ塚を目指したのですが
これがまた場所がわかりにくい

桶狭間は、戸建て住宅が並ぶ閑静な住宅街で、史跡の場所を示す案内標識はあまりなく、あっても建物にまぎれて目立たないため、そこに標識があることに気づかず余計な遠回りばかり
そのへんの回り道が地図の軌跡に現れてるでしょ

そしてやっとの思いでついた七ッ塚



住宅の間の細い路地を進んで民家の裏の突き当たりにひっそりとありました
合掌


そして次に桶狭間古戦場公園へ



これまた拍子向けするような何の変哲もない公園ですが
中に入ると今川義元戦死之地として墓碑があったり、信長公や善元公の銅像、首洗いの泉の跡なんかがあったりします



考えてみると戦場跡って、城や寺社みたいに建物じゃないから何の形跡も残らないし、そもそも場所自体も広域になるから史跡として場所を特定し、保存することが難しいんだろうな
戦死の地というのもここで首を洗ったというのも、どうも真実味が伝わってこないけど、ここでその時の様子を想像してみようという気にはなる


その後、今川義元が本陣を構えたという”あおけはざま山”のあたりを通り抜けて、北東方向に下っていくと、高徳院という大きなお寺の前に小さな公園があり、そこにも桶狭間古戦場跡の石碑や今川義元の墓碑が建っています



古戦場跡が二カ所!?
戦場となった場所もそうだけど、義元が討ち取られた場所や、そもそも奇襲だったのかどうか、戦力の差も実際どうっだとのかということについても色々と説があるみたいだから、実際は僕たちが歴史小説やドラマなんかで持っている劇的なイメージとは違ったのかもしれませんね


今回は、スマホで撮った写真を Picasaのウェブアルバムにアップしてみました





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posted by アモイ at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 探索 東海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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