2012年11月29日

旧東海道 原・吉原・蒲原

3連休2日目は、列車で再び原駅まで戻り、そこから吉原宿・蒲原宿を目指しました

送信者 旧東海道 原・吉原・蒲原



AndoroidアプリのMyTracksで記録した行程

より大きな地図で 2012/11/24 8:21 原・吉原・蒲原 を表示


今日もまたあいにくの雨の中、富士山も見えません。
途中、ここに一里塚があったと思われるといういかにも心許ない案内標識がある以外はこれといって見所のない原宿の真っ直ぐな道をとぼとぼと歩きます。
しばらくすると鉄道に沿って進むようになります。

その鉄道・東海道本線を渡るとすぐに富士市に入り、さらに進むと間宿柏原となります

柏原のあたりは海に近いので、寄り道して海岸にむかってみます

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途中、小さな祠発見!! 『津嶋牛頭天皇』

津嶋信仰や牛頭天王のことは帰ってから調べて知りました
一度旅に出ると色々なことを学ぶことができます



海に出ると沼津で見た千本松原はここまであり、さらにまだ西の方まであります
かなりの距離ですねぇ、千本どころじゃないよ

再び東海道に戻り、西を目指すと
浮島沼に身を投げた六人の巫女を祀った六王子神社があり(三股の伝説)
さらに進むと立圓寺の境内に望嶽碑とゲラテック号の碇があります

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望嶽碑は、尾張藩の侍医柴田景浩が建てた碑
富士の眺めに心を奪われ、願わくは富士のふもとで死にたいと思うが、なかなか思うに任せない。
そこで髪の毛を切ってこの地に埋め、百年後の自分の魂のために戻ってくる場所を作っておきたいと考えたそうです。

そこまで素晴らしいというここからの富士の眺めが今日は見られない!!


ゲラテック号は、昭和54年に遭難し、柏原海岸に船体が打ち上げられたそうです
昭和54年と言えば、私はもう高校生ですけど、全く記憶にありません

検索してみるとYouTubeに8ミリで撮影された動画がありました。すごい



話を元に戻して、ここから西へすぐ、昭和放水路の脇に浮島沼の干拓に生涯を捧げたという増田平四郎の像と沼田新田一里塚があります

そこを過ぎて吉原宿を目指していくのですが、その間ちょっと距離があります
毘沙門天妙法寺の境内にベンチがあったので、そこでちょっと休憩しました
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このあたりまで来ると、製紙工場のどでかい煙突が目を引きます
そう言えば富士は製紙で有名だったなぁ〜

元々は、この辺が吉原宿だったそうですが、津波などの被害により北西の方に宿場が2度移ったらしい。
そして、この辺りが元吉原で、この先が中吉原、目指す吉原宿はさらにその先

その中吉原のところまでくると左富士神社があり、そのもうちょっと先の交差点には、左富士の立札と一本の松、そしてベンチがあります

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京に向かう東海道で左側に富士が見える箇所は少なく
広重の吉原宿の画も左前方の松並木の間から富士が望めます

ああ見たかった、ここで富士が…
ここに到着したときには、すでに晴れていましたが、富士だけが雲隠れです
次の日にここを通った人のTweetでは、見事な左富士の写真がアップされていたというのに

気を取り直して先へ進む!!
平家が飛び立つ鳥に慌て戦わずして逃げたという富士川の戦いで、平家が陣を置いていた場所に平家越え橋があり、
その橋を渡り、しばらく歩くとようやく吉原宿の東木戸跡まで来ます
(小さな標識があるだけですけどね)

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そして、現在の吉原宿は宿場町としての痕跡は何も残していない商店街になっています
いや、街が廃れずに生きているということは良いことなんですけどね
もう少し何というか…

西木戸跡を過ぎ吉原宿から出ると次の五十三次は蒲原宿ですが
その間に間宿の本市場があります

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このあと雲の隙間からちらっと富士の山頂部あたりが見えたのですが
この2日間で富士山が見えたのは、その時だけでした

ひたすら西に向かい、江戸時代に作られた雁堤でちょっと休憩したあと
いよいよ富士川

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数え切れないくらい新幹線の車窓から見てきた富士川の橋に自分の足で立っています
富士山見えなかったけどこれで良しととしようかな

富士川を渡ると間宿の岩淵

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車の少ない山腹の静かな道を歩いていくのでほっとします
岩淵から峠を越え、坂を下りきったところから蒲原宿です

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宿場の入口にあたる東木戸跡にまた秋葉常夜灯があります
蒲原宿はここまでの宿場よりも穏やかな静寂に包まれています

ゆっくり見て歩きたいところですが、時間もなくなってきたし、足の方もきつくなってきたので、蒲原は次回の楽しみにとっておくことにして、新蒲原駅から帰路につくことにしました
その後再び雨が降ってきたので、ちょうど良かったかな

2日目の行程は、25q、6時間28分)
2日間合わせて、45q、11時間半の歩き旅でした


合計200枚以上の写真を撮りましたが、そのうちの一部をここにアップしています
旧東海道 原・吉原・蒲原




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ラベル: 東海道 史跡
posted by アモイ at 20:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 探索 東海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
後半もおもしろかった〜!旅堪能した。
「ゲラティック号」で検索したら、アモイさんと同じように東海道を歩いて旅したとゆう記録のサイトがたくさん出てきた。結構メジャーな旅路なのですね。
行程、2日間で45kmって、でも、マラソンより少し長いくらいってことは、マラソンって過酷だよなぁって改めて思いました。
Posted by さくら at 2012年11月30日 12:09
東海道を歩いている人は結構いるみたいだね
歩いていて出会うっていうことはないんだけど
ブログに記録している人は多いし
ツイッターで同じコースを1日あとに歩いている人もいたし
Posted by アモイ at 2012年12月03日 00:30
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